『 Monaural 』 ゆかり+アイギス(主人公は女主でも男主でも)※FESネタ込み


「ゆかりさん」

荷物をまとめているとアイギスが遠慮がちに私の部屋をのぞいた。

この春、巌戸台分寮が閉館される。

センパイ達は進学が決まり、美鶴センパイにおいては留学。
だから当然ココを出て行く。

アイギスは桐条のラボへ戻るという。
コロマルは神社へ。

風花は実家へ戻り、天田クン、順平、アタシの3人はそれぞれの寮へ
移る事になった。

だからアタシは色々あったこの寮を離れるため、荷造りをしていた。

「スイマセン、時間、いいですか?」
「あ、うん、丁度いま片付けが終わったとこだから」

色々あって、対立もしたけど最初はロボットだった彼女も
今ではすっかり人より人らしい。

「あの…ちょっと寂しいですね」
「…そうだね〜。うん、ココは素直に寂しい」

一年間。色々あった。楽しい事、嬉しい事、ムカつく事、哀しい事…。
でも全て大切な事だ。だからそんな出来事をたった数週間ほどで過去にする
なんて事ができるほどアタシは器用じゃなくて。

「私、皆さんの事、忘れません」
「アイギス……」

相変わらず風花が仕立てた制服を愛用しているアイギス。
本当はもっと可愛い洋服だって着せて上げる事ができたかもしんないなぁ〜。
なんて今になって思う。

「あの、実は……」

アイギスは何か言い難そうに言葉を濁す。こういう時は何の事を話したいのか
何となく想像はつく。だってアタシとアイギスはあの人のことを同じ位
大切に思っているから。つまりは恋敵…だった…から。

「…これ」

アイギスが差し出した手のひらの中には見覚えのあるヘッドフォンが乗っていた。

「…これ、あの人が命の答えにたどり着いた日、握りしめていたんです」
「……」

言葉がでなくて、代わりに涙があふれた。
アイギスはアタシの手を取り、そのヘッドフォンを手のひらに乗せた。

「え…」
「これはあなたが持っていてください」
「アイギス」
「……確かに私はあの人のことが大切でした。…もちろん今でもとても大切に
 思っています」

アイギスはアタシの手のひらごとヘッドフォンを優しく両手で包んだ。
機械である事が嘘の様な温かくてやわらかな感触。それは彼女が
動いているのではなくて、生きているという証拠だとアタシは思う。

「でも私はあの人があなたのことを大切に思っていたのも知っています」
「あい…ぎす…」

「あの人はあの場所でニュクスを見守っていますこれからもずっと。
 だから私もあの人の事をこれからもずっと守り続けます。」

アイギスから強い意志が感じられる。

「あの人の大切は私の大切でもあります…だから、ゆかりさん、あなたは
 私の大切であります」

にっこりと微笑むアイギス。

「ありがとう、アイギス…」
「私もゆかりさんがいて、良かったと思うんです」
「なんで?」

ゆかりさんの中にあの人を感じるから……

目を伏せて嬉しそうにアイギスがそう答えた。

驚いたけど、確かに心の中にはあいつがいる、アイギスに言われてなんとなく
そんな気がした。

「私のココにもあの人の情報が刻まれています。」

アイギスは自分の喉元を押さえてニコリと笑う。

「そっか、あいつはアタシ達の中にいるんだね」

アタシも胸を押さえてみる。いつもと同じ様に同じテンポで心臓が
リズムを刻んでいる。

あいつは命をちりばめて、みんなの心の中にその居場所を見つけた。
そして、それぞれの人間が闇や死への憧れを抱かない様に見守る為に。
ニュクスへと人が手を伸ばさない様に。

「おい、そろそろロビーに集まれ!」

女子のフロアーに美鶴センパイの声が響いた。

「わ、急がないと」
「あ、スイマセン、お手伝いします」

アイギスはアタシの荷物を器用に鞄へ詰め始めた。

「あれ、このヘッドフォン」

握っていたヘッドフォンを仕舞おうと、改めて出してみると通常のヘッドフォンと
ちょっと形が違う事に気がついた。

「あ、この小型耳掛けスピーカーですが、通常はこう言う形ではないのですね」
「え、あ、うん」

本来ならば両耳用にスピーカー部分が2つあるのに、1つしかなくて、よく見ると途中で
ちぎれている。

「片耳ですが、おそらく使えますよ、こちらの方にジャックがついていますから」
「…ま、使わないよ、うん」
「なんでしたら風花さんにお願いして直してもらいますか?」
「いや、いいよ…このままで」

きっとあいつが片方は持っていっちゃったんだから…。

「じゃ、ゆかりさん、私は先に下に降りています」
「あ、わかった」

アイギスに軽く手を振ってアタシは部屋の中を見回した。
うん、清々しいくらいに何も無い。

最後にカーテンを締めようと窓辺に立って一度空を見た。
あたたかな小春日和。そらは薄い青色をしている。
どこからとも無くやってきた桜の花びらが風に舞って踊っている。

手の中のヘッドフォンを耳にかけてみる。

その瞬間驚くぐらい凄い早さであいつとの思い出がたくさん過る。
涙が自分でも信じられないくらいボタボタと落ちて体が震える。

「どう、しよう…」

これからの不安がどうしてもアタシを苛む。
我慢していたのはわかっていた。頭では納得してわかろうとした。
だけど、やっぱり心はついて来ない。

だめ、このままだと声を上げて泣いてしまう。

ヘッドフォンを耳から乱暴に取ろうとした。

『…ゆかり』

ヘッドフォンの奥から声が聞こえた気がした。それはとても愛しい人の声。
水面に波紋が広がる様にアタシの頭の中で響いて広がった。

「……」

もう一度聞こうとして両耳を塞いでみたけど、やっぱり聞こえない。

「なんだ…てか、もう一度くらい呼んでくれてもいいじゃん、ケチ」

小さくつぶやいた。

「ゆかりちゃん?」

ドアの方から風花が様子を見に来た。多分心配してる。だってそんな子だもん。

「あ、ごめん、今行く〜!」
「うん、忘れ物しない様にね」
「はいはーい」

ほんとはココにこのヘッドフォンを置いて行けば、カッコもいいんだけど
なんか、そんなカッコつける必要ももう無いし。アタシには
S.E.E.Sの仲間だっている。アイツだって…

アイツと過ごした1年間は嘘じゃないから。

ヘッドフォンをポケットに突っ込んで、アタシは鞄を持ち上げた。

 

おわり

 


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2010.4.16(FRI) vike hina

えー今回からあとがきつけます。
FESしたことないんですけどね、P3P一周目クリア後にどうしてもその後の女の子達を
書きたくて FESの結末がどういう風になったのかなど、いろいろと調べてみてなんと
なくで書いてみました。
今回からちょっと文字サイズを大きくしてみています。^^


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